2008年10月25日 (土)

円高大歓迎

 昨日(10月24日)ついに円相場が1ドル90円台(94円程度)に突入しましたね。
 我が国の経済界などは、大騒ぎですが、私としては円高政策こそ、日本経済再浮上の決め手だと考えています。

 経団連など我が国の経済界は、歴代会長はトヨタやキャノンの社長が占め輸出企業中心です。輸出企業にとっては円安の方が、価格競争力が増し、企業収益の確保には都合が良いのは確かです。

 しかし、以前にも書いたように、輸出企業が幾ら儲けても、輸出関連企業の従業員には収入増加の恩恵はあるものの、設備過剰気味の現状では、その金のほとんどは国内に回らず、海外への設備投資や、円安で儲かる海外の証券投資に向かうだけで、我が国の経済全体の維持には、余り効果が無くなっているのです。

 他方、円高になると、原油をはじめ海外からの輸入物価は下がり、一般企業や家計全体に幅広く実質所得の増加の恩恵をもたらすのです。また、海外から見ると、日本の全ての資産価格が高まる事にもなります。

 つまり、「物では無く、マネーが経済を左右する時代」ですから、円高政策を明確にすると、海外からの投資が有利になり、日本に対する投資が増えるのです。
 特に、日本の金融機関は欧米に比較すると、今回のサブプライムなど金融派生商品による損失が軽微ですから、投資家から見ると、今こそ、日本への投資拡大の絶好の機会なのです。

 例えば、政府の国債にしても、ドル建て国債を発行すると、更に円高になれば実質的な返済が軽微で済みます。

 国債はデフォルトする訳にはいきませんが、これまでの米国のやり方を見習って、エンロンのような民間の巨大ベンチャー企業を設立し、海外から資金を集めて、その金で多くの社員を雇用し、設備投資をすると金が国内に回り経済を活性化させます。その上で、時機を見て倒産させると集めた資金を返さなくても済むのです。

 まあ、今の例は極端ですが、実際に米国がこれまでやってきたやり方なのです。マネーの時代は、紙切れに書かれた数字だけの時代なのです。貿易赤字、財政赤字の中でも、世界中の金を集める事が出来れば、経済は好景気を維持できるのです。

 バブルの発生さえ抑制できれば、これこそが、究極の経済政策だと思います。我が国の政治家や経済学者に、それだけの戦略的発想があればですが・・・・

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2008年10月21日 (火)

資産デフレ・スパイラル

 今回の米国の景気後退の根本原因が、かつての我が国の「バブル崩壊」と同じ資産デフレ・スパイラルだと書きましたが、では、この不況は何時まで続くのでしょう。

 日本の場合は、1989年12月末の38,915千円のピークを付けた日経平均株価は、翌年の1990年明けから下降をはじめ、3月末には、半値の2万円まで急落し、その後も1万3千円台まで下がりました。
 経済成長率も、バブル期には5~6%でしたが、1993年には1%を割り込み、1998年末にはマイナス成長に落ち込み、10年以上低迷が続きました。

 しかし、我が国のバブル崩壊と、米国の今回の場合とは、かなり条件が違います。

1.バブル崩壊の規模としては、今回の米国のバブルの方は、ITバブル崩壊を補填する形で始まり、長期間であり、経済規模からも、日本よりも影響は大きいと思われる。

2.日本におけるバブル崩壊では、日本国内の企業や家計が大きな損失を蒙ったが、今回の米国バブル崩壊では、証券化や金融の国際化により、損失が世界中に散らばったので、米国内の企業や家計への影響は比較的小さい。

3.我が国の日本銀行は、1990年初にバブル崩壊が始まった後も公定歩合を上げ続け、1年半近く経った1991年7月になって、やっと引き下げに転じた。
 余りにも対応が遅すぎた。軍事力も経済力が無ければ維持できない。急速な日本経済の成長で米国の地位が脅かされ始めたことから、米国の意向を受けた日本銀行が、日本経済へダメージを与える事を意図したとさえ思われる。(「円の支配者」)

4.バブルの抑制のために、当時は不動産や建設、ノンバンクなどを狙い撃ちにした金融機関に対する大蔵省の貸出規制や日本銀行による窓口指導、また、土地高騰対策のための監視区域設定と開発規制など、自由市場主義を否定する人為的な対策が強行された。
 不動産業への貸出規制が解除されたのは、1992年1月である。

5.地下高騰期に可決された「地価税の導入」が実施されたのは、地価の下落が既に始まっていた1992年1月であり、実質的に廃止されたのは何と1998年1月であった。それまで、地価抑制策が続けられた事になる。

6.宮沢内閣(1992年10月発足)から歴代内閣は、政府資金を投入した不良債権の買取などの金融対策、大型の政府支出を伴う経済対策等を矢継ぎ早に実施し、やっと回復基調に入った時期に、橋本内閣(1996年1月発足)は、財政健全化のためとして消費税の引き上げを実施し、景気は急速に悪化し、1997年11月には北海道拓殖銀行、山一證券、三洋証券などが次々と破綻した。
 ワンマンな人間にはマイナス情報が集まり難い。橋本ポマード大王は、不良債権を抱えて脆弱化した金融機関や日本経済の実態を知らず、財政の健全化を急ぎ、米国型のバクチ金融システム導入を目指した日本版金融ビックバン構想等の勇ましくて格好の良い政策に盲進した結果、日本経済を崩壊させてしまった。

7.金融システム危機からの脱却のため、政府による破綻懸念金融機関の国有化や公的資本投入、大型の景気対策が行われ財政赤字が更に拡大、日本銀行のゼロ金利政策などなりふりかまわずに、あらゆる対策が行われ、2001年頃になって、ようやく危機を脱し景気回復に向かった。
 政策の失敗などにより、我が国におけるバブル崩壊後の経済低迷の時期を、やがて「失われた10年」と呼ぶようになった。

 以上が、私がこれまで見てきた日本における経済崩壊過程です。

 さて、米国はどうなるのでしょう。市場原理主義者のブッシュ大統領のままでは我が国のポマード大王と同じ道を踏みかねませんが、大統領が変わり、ルーズベルト大統領のような有効需要創出策を取れば、日本ほど不況は長引かないのかもしれません。

 それにしても、日経平均株価は1987年1月に2万円の株価でしたが、1989年12月には約3万9千円のピークを付け、1992年の6月に1万6千円を割り込んだ頃が底だとすると、我が国のような政策の失敗が無く、我が国並みの金融対策や経済対策が実施されれば、半年~1年で安定した経済成長が可能になるのかもしれません。

 恐らくは、米国の金融対策や経済対策は、財政赤字や自由市場主義への拘りから、我が国ほど思い切った対策は採られないでしょうから、やはり1~2年は株価も下落が続くと覚悟したほうが良さそうです。

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