経済・政治・国際

2014年6月24日 (火)

イケイケな国

 阿部政権の「戦争の出来る国へ」という政策に対して、「政治家に限った事ではないが、今の世の中は軽すぎるよ、イケイケドンドンばかりで、軽過ぎるよ」という自民党タカ派の玉沢徳一郎氏のコメントもあるようです。

 湾岸戦争が契機だったのか、単に「旗色を鮮明にしろ」という「Show The Flag」という言葉が、独り歩きして、日本も連合国の一員として、イスラム諸国に対する攻撃に参加すべきだという意見が自民党を中心に主張されて来たように感じます。

 改めて、「Show the FLAG」をネット検索してみました。

 『2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件を受けて、日本側に共闘を求めた。この時にいわゆる「Show the FLAG」(旗幟を明らかにしろ)発言があったとされる。ただし、柳井俊二駐米大使(当時)は、協力の要請があったことは認めたもののShow the Flagという発言は否定している。』

 つまり、何処の国の政府が、日本に対して「Show the Flag」と言ったのかすら、判然としないのです。
 どうやら、日本国内の戦争好きが、日本の戦争参加を推し進めるために、外国に弱い日本人の性格に乗じて、言い出して広めたのではないかと思います。

 戦後、戦争放棄を高らかに謳った憲法の下に、国防の多くを米国に委ねて、その分の国費を産業振興に振り向けて、世界でトップクラスの経済力を得たのは実に見事な戦略だったと思います。
 ところが、最近の阿部政権は、普通の国として、言わばローマ時代のように、米国の従属国として、米国に追随して、イスラム国家などへの攻撃に参加しようとしています。
 これは、日本の一般国民にとって利益になるのでしょうか。

 少なくとも先人達は、米国から押し付けられた平和憲法を逆手に、軍事費の負担を減らし、日本を経済的な繁栄に導いたのです。
 「国益」のためには、米国からのイスラム国家攻撃参加への圧力も、のらりくらりと戦争放棄の憲法を盾にかわす狡さが必要ではないでしょうか。
 憲法解釈の変更で、米国の言いなりになろうというお坊ちゃんの阿部政権は実に幼稚で、危険だと思います。

 米国流の、アフガンやイラクへの侵略のように、脅威が有れば事前攻撃も許されという強引な理屈に付き合うと、逆に、弱者として手段や相手を選ばないテロ攻撃の標的になっていくのは明らかです。
 それが日本の利益になるのでしょうか。テロ攻撃の標的になる危険を冒して、代わりにどんな利益が有るのでしょう。

 米国=破壊者、日本=戦後復興の担い手という構図こそ、日本の国益に一番合致する政策だと思うのです。
 日本の為政者には、米国の単なる忠犬ではなく、その程度の狡猾さを期待したいものです。
 まあ、国民意識そのものが、集団的自衛権に肯定的になりつつあるようですから、自業自得かもしれません。

 今日は週初なので、一階全体に掃除機掛けです。
 8時半頃から、隣地の畑の土起し作業です。
 3時間掛かって、20~30cmしか進んでいません。

P6244002

 それでも、ほぼ半分の土起しが終わりました。

P6244003

 午後から、私が裏の畑のニラを収穫し、妻がレバニラ炒めを作ってくれました。
 ニラがたっぷり入っていて、油で揚げたレバーが香ばしくて、私の好物です。

P6244005

 庭の花達です。

P1000219

P1000220

**写真日誌として、当日の出来事や考えたり感じた事に関する記事や写真を、順次追加したり修正しています**
 長年の苦労と努力で得た「幸せに生きて行く」のに必要な経験や知恵を、次の世代に伝えるために、「老後」という時間が有るのかもしれない。

| | コメント (0)

2014年3月 4日 (火)

LPG使用量

今朝の日の出です。

P1330620

 久し振りの新雪です。2~3cm程度です。

P1050099

 昨夕、運搬業者から電話連絡が有り、今日午後3~5時に、来る予定との事です。
 今朝も、先ずは大型電気冷蔵庫の搬入準備です。

 二階の小冷蔵庫の中の物を出して、保冷剤と一緒に発泡スチロールの箱に入れました。
 妻と二人で、冷蔵庫を一階に下ろし、未だ中の製氷機に、氷が張り付いていたので、融かすために、居間のストーブの前に置きました。

 新旧共に大型冷蔵庫の幅が、約70cmなので、運搬時に邪魔になりそうな廊下に飾っていた油絵を片付け、出入り口付近のスピーカーや置台を移動し、室内物干し器を片付けました。

P1050094


 妻はせっせと、中に入っていた食品などを、クーラーボックスや発泡スチロールの箱に移していました。

 先日から、光熱費の過去データーを分析しています。
 我が家では、沸くのが速いので風呂釜と台所のガスコンロ、浴室と洗面所の湯沸かし器、それにガスオーブンでLPG(プロパンガス)を使用しています。  
 今日は、LPG使用量(㎥)をグラフ化してみました。
 月々、10~25㎥まで、結構変動幅が大きく、それなりに季節変動は見られますが、傾向線が余り明確ではありません。
 例のごとく12か月移動平均のグラフにしてみました。 

Idouheikin

 基本的には漸増傾向にありますが、意外にも3っつの大きな変動の山が、明確に表示されました。
 しかも、退職やガスオーブンの購入など、いろいろ考えてみたのですが、どうも一致しないので、変動原因が解りません。
 メンテナンスは業者任せですが、ひょっとすると、ガス漏れが発生し修理していたのでしょうかね。
 
 更に、単価(税込)の月別推移もグラフにしてみました。

Tanka

 全体的に、上昇傾向が見られますが、時々は650~850円/㎥まで、意外に大きな変動が有るようです。
 特に2012年4月から6月まで、急上昇していますが、何が有ったのでしょう。
 なお、毎月の「検針・請求書」には、単価が記載されていません。
 ガス料金を使用量で除して計算しました。

追記:日本LPガス協会(Japan LP Gas Association):統計資料:価格
小売業者から最終消費者への小売価格=家庭用 (東京)円/10㎥を/㎥に換算してみました。

Tankahikaku

 東京よりも割高で、しかも極めて変動が激しくて大きいという特徴が有りますが、全体的には、価格変動の波形は似ていると言えるでしょうね。
 やはり地元の中小業者だからでしょうかね。
 ただ、こちらでは住宅のLPGの配管などの設備は、LPG販売業者負担らしく、おいそれと、業者を変更する訳には、いかないようです。

 今、台所で使っているガステーブルは、10年ほど前に青森市に戻って来てから、プパンガス用に、ホームセンターで買った安物で、かなり汚れてしまいました。
 歳をとると、ガスの消し忘れなどによる、鍋焦がしや、最悪火事の心配も有ります。
 しかも、歳をとってから新しい器具を使いこなすのは、妻には難しいだろうと思います。

 それに、今購入しても、10年使うと、私達は75歳を超えます。
 以前から、検討してはいたので、消費税引き上げもありますし、この際、新しい高機能なガステーブルを購入する事にしました。
 エネルギー効率も改善れているとの事なので、LPG使用量も少しは減るのかもしれません。

 ただ、鍋が掛かっていないと、安全のため弱燃焼しかしないようなので、毎朝のコーヒー豆の焙煎が出来るかどうか・・・少し、工夫が必要でしょう。

 老後の第一ステージのスタート時には、ホームシアターなどのAV機器を一括更新・導入しましたが、第二ステージは、洗濯機や冷蔵庫、ガステーブル、カセットコンロ等の家事関係の更新で、スタートです。

午後3時半頃に、冷蔵庫が届きました。
 先ずは、台所の大型の冷蔵庫の運び出しですが、高さが180cm以上あるので、立てたままでは戸口を通らないので、寝かせなければならないので、それなりに搬入路の周囲は片付けていたのですが、更にドアを外したりしなければなりませんでした。
 午後、4時頃に新しい大型冷蔵庫の搬入も終わり、後片付け作業をしました。

 1時間経って、それなりに庫内が冷えたので、発泡スチロールの中などに一時保管していた冷凍物などを、新しい冷蔵庫の中に、収納しました。
 午後6時頃まで掛かりました。

 今日は、本来は休刊日ですが、時間外労働もしましたし、新しい冷蔵庫への更新作業も無事に終わりましたので、今夜はお祝いと慰労のため、飲食自由にしました。(^O^)/

 さて、どの程度、電気料金が減るか、楽しみです。

**日誌として、当日の出来事や考えたり感じた事に関する記事や写真を、順次追加したり修正しています**
**** この日のタイトルに関する記事は、灰色の背景と枠で囲んで、他の記事と区分しています ****
苦労と努力で得た経験や知恵を、次の世代に伝えるために、「老後」という時間が有るのかもしれない

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月25日 (土)

円高大歓迎

 昨日(10月24日)ついに円相場が1ドル90円台(94円程度)に突入しましたね。
 我が国の経済界などは、大騒ぎですが、私としては円高政策こそ、日本経済再浮上の決め手だと考えています。

 経団連など我が国の経済界は、歴代会長はトヨタやキャノンの社長が占め輸出企業中心です。輸出企業にとっては円安の方が、価格競争力が増し、企業収益の確保には都合が良いのは確かです。

 しかし、以前にも書いたように、輸出企業が幾ら儲けても、輸出関連企業の従業員には収入増加の恩恵はあるものの、設備過剰気味の現状では、その金のほとんどは国内に回らず、海外への設備投資や、円安で儲かる海外の証券投資に向かうだけで、我が国の経済全体の維持には、余り効果が無くなっているのです。

 他方、円高になると、原油をはじめ海外からの輸入物価は下がり、一般企業や家計全体に幅広く実質所得の増加の恩恵をもたらすのです。また、海外から見ると、日本の全ての資産価格が高まる事にもなります。

 つまり、「物では無く、マネーが経済を左右する時代」ですから、円高政策を明確にすると、海外からの投資が有利になり、日本に対する投資が増えるのです。
 特に、日本の金融機関は欧米に比較すると、今回のサブプライムなど金融派生商品による損失が軽微ですから、投資家から見ると、今こそ、日本への投資拡大の絶好の機会なのです。

 例えば、政府の国債にしても、ドル建て国債を発行すると、更に円高になれば実質的な返済が軽微で済みます。

 国債はデフォルトする訳にはいきませんが、これまでの米国のやり方を見習って、エンロンのような民間の巨大ベンチャー企業を設立し、海外から資金を集めて、その金で多くの社員を雇用し、設備投資をすると金が国内に回り経済を活性化させます。その上で、時機を見て倒産させると集めた資金を返さなくても済むのです。

 まあ、今の例は極端ですが、実際に米国がこれまでやってきたやり方なのです。マネーの時代は、紙切れに書かれた数字だけの時代なのです。貿易赤字、財政赤字の中でも、世界中の金を集める事が出来れば、経済は好景気を維持できるのです。

 バブルの発生さえ抑制できれば、これこそが、究極の経済政策だと思います。我が国の政治家や経済学者に、それだけの戦略的発想があればですが・・・・

| | コメント (3)

2008年10月21日 (火)

資産デフレ・スパイラル

 今回の米国の景気後退の根本原因が、かつての我が国の「バブル崩壊」と同じ資産デフレ・スパイラルだと書きましたが、では、この不況は何時まで続くのでしょう。

 日本の場合は、1989年12月末の38,915千円のピークを付けた日経平均株価は、翌年の1990年明けから下降をはじめ、3月末には、半値の2万円まで急落し、その後も1万3千円台まで下がりました。
 経済成長率も、バブル期には5~6%でしたが、1993年には1%を割り込み、1998年末にはマイナス成長に落ち込み、10年以上低迷が続きました。

 しかし、我が国のバブル崩壊と、米国の今回の場合とは、かなり条件が違います。

1.バブル崩壊の規模としては、今回の米国のバブルの方は、ITバブル崩壊を補填する形で始まり、長期間であり、経済規模からも、日本よりも影響は大きいと思われる。

2.日本におけるバブル崩壊では、日本国内の企業や家計が大きな損失を蒙ったが、今回の米国バブル崩壊では、証券化や金融の国際化により、損失が世界中に散らばったので、米国内の企業や家計への影響は比較的小さい。

3.我が国の日本銀行は、1990年初にバブル崩壊が始まった後も公定歩合を上げ続け、1年半近く経った1991年7月になって、やっと引き下げに転じた。
 余りにも対応が遅すぎた。軍事力も経済力が無ければ維持できない。急速な日本経済の成長で米国の地位が脅かされ始めたことから、米国の意向を受けた日本銀行が、日本経済へダメージを与える事を意図したとさえ思われる。(「円の支配者」)

4.バブルの抑制のために、当時は不動産や建設、ノンバンクなどを狙い撃ちにした金融機関に対する大蔵省の貸出規制や日本銀行による窓口指導、また、土地高騰対策のための監視区域設定と開発規制など、自由市場主義を否定する人為的な対策が強行された。
 不動産業への貸出規制が解除されたのは、1992年1月である。

5.地下高騰期に可決された「地価税の導入」が実施されたのは、地価の下落が既に始まっていた1992年1月であり、実質的に廃止されたのは何と1998年1月であった。それまで、地価抑制策が続けられた事になる。

6.宮沢内閣(1992年10月発足)から歴代内閣は、政府資金を投入した不良債権の買取などの金融対策、大型の政府支出を伴う経済対策等を矢継ぎ早に実施し、やっと回復基調に入った時期に、橋本内閣(1996年1月発足)は、財政健全化のためとして消費税の引き上げを実施し、景気は急速に悪化し、1997年11月には北海道拓殖銀行、山一證券、三洋証券などが次々と破綻した。
 ワンマンな人間にはマイナス情報が集まり難い。橋本ポマード大王は、不良債権を抱えて脆弱化した金融機関や日本経済の実態を知らず、財政の健全化を急ぎ、米国型のバクチ金融システム導入を目指した日本版金融ビックバン構想等の勇ましくて格好の良い政策に盲進した結果、日本経済を崩壊させてしまった。

7.金融システム危機からの脱却のため、政府による破綻懸念金融機関の国有化や公的資本投入、大型の景気対策が行われ財政赤字が更に拡大、日本銀行のゼロ金利政策などなりふりかまわずに、あらゆる対策が行われ、2001年頃になって、ようやく危機を脱し景気回復に向かった。
 政策の失敗などにより、我が国におけるバブル崩壊後の経済低迷の時期を、やがて「失われた10年」と呼ぶようになった。

 以上が、私がこれまで見てきた日本における経済崩壊過程です。

 さて、米国はどうなるのでしょう。市場原理主義者のブッシュ大統領のままでは我が国のポマード大王と同じ道を踏みかねませんが、大統領が変わり、ルーズベルト大統領のような有効需要創出策を取れば、日本ほど不況は長引かないのかもしれません。

 それにしても、日経平均株価は1987年1月に2万円の株価でしたが、1989年12月には約3万9千円のピークを付け、1992年の6月に1万6千円を割り込んだ頃が底だとすると、我が国のような政策の失敗が無く、我が国並みの金融対策や経済対策が実施されれば、半年~1年で安定した経済成長が可能になるのかもしれません。

 恐らくは、米国の金融対策や経済対策は、財政赤字や自由市場主義への拘りから、我が国ほど思い切った対策は採られないでしょうから、やはり1~2年は株価も下落が続くと覚悟したほうが良さそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)